米世界「制覇」への米中衝突と、日本  文科系

アメリカのチョムスキーの著作に「覇権か生存か──アメリカの世界戦略と人類の未来」という本がある。世界の学者たちの論文などでプラトンと聖書についで引用されることが多い大言語学者にして、哲学者、政治論者が書いたこの本では、題名通りの「世界政経の今後、二者択一」が予言されてある。この「二者択一」が現状では、かなり悲観的な形で実現されつつあると、僕は世界を見始めた。この著作の最終第9章「つかのまの悪夢なのか?」から抜粋すると、こんなふうに。
『今、生存への脅威を強めているのは、市場原理主義のもたらす過酷な結果を和らげるために作られた制度を弱体化させるのみならず、こうした制度を支える同情と連帯の文化をもむしばもうとする努力なのである。
 これらは全て、恐らくそれほど遠くない未来に起こる惨事のための処方箋である。だが、もう一度言うが、支配的な理論と制度の枠内では、一定の合理性を持っている』

(同書、集英社新書版334ページ)

 チョムスキーの本は常に難解だが、上記文言の内容はこういうものである。市場原理主義は、いわゆる社会福祉や、その背景思想である基本的人権の公的保障など『(近代人類が生んできた民主主義思想に含まれた)同情と連帯の文化』をば、『むしばもうとする努力』を常に同伴させてきた、と。しかも、この世界史の流れが『支配的な理論と制度の枠内では、一定の合理性を持っている』という警告までが付されているのである。
 なお、アメリカが作りつつある現世界のこういう方向、見方は、ここでも紹介した世界のベストセラー『サピエンス全史』がその末尾の方で警鐘しているものとほぼ同じだ。つまり、ユバル・ノア・ハラリもチョムスキーと同じ警告を発しているということである。

 以下は当面、ごく簡単な進行中の世界政経図の素描だが、世界の今後を見ていく目、図式にもなるはずだ。


1 米支配の現状

①GAFAの株価時価総額がドイツ一国のGDPを超えた。アメリカはここまで、この膨大な(バブル)資金で世界各国に侵食・侵略に努めてきた。各国の大企業株式や国家(資金)への侵食である。英米流の金融・株主資本主義は、物生産世界の制覇を目指して来た。ちなみに、人の職業は物作りの中にしかないのだが、一般に金融はその職業を減らす必然性を持っている。世界に若者失業者や不安定労働者ばかりが増えたのもそのせいである。

最近日本でさえ年金基金が15兆円近い損失を出したが、①が起こしたことに違いない。ましてや、中南米などは企業のみならず、通貨戦争を通じて国家資金などさえ、すでにほとんど侵食されているはずだ。中南米諸国などに相次いだ右傾化の背景にも、このことがある。そしてこの中南米では今、この支配に属さないベネズエラボリビアキューバなどに新たな攻勢が掛けられつつある。この攻勢は、ベネズエラに見えるように軍事をちらつかせながらの攻勢である。

③イギリスの離脱などEUの困難、揺らぎも、アメリカが起こしたもの。引き金の一つギリシャ危機にもゴールドマン・サックスの工作があったとは、知る人ぞ知る話だし、EUを難民問題でもって今もなお、さらに瓦解させつつある。難民は、イラク、シリア、北アフリカなどから生まれているが、全てアメリカの軍事侵食の産物、結果と言える。単なる結果か、ヨーロッパを大混乱させる目的意識を持って難民を生み出したかは判別できないにしても。ただし、近年のアメリカ自身にこういう国際的経験があったことは確かである。アメリカ金融が中南米を上に述べたように荒らす度に、アメリカへの移民が急増していたという事実である。


2 米世界支配下の各国、世界に起こること

①石油などの重要資源や富も、アメリカが活用する各国一部勢力に集中する結果として、超格差が進む。典型例として、昔からのサウジとか、新たには南米の大国ブラジルとかのように。なお、今の日本も、こういう例の一つになりつつあると思う。底辺が生存をさえ許されないような超格差になっていく方向を含んでいる。ちなみに、前記チョムスキー著作の題名「覇権か生存か」の「生存」とは、社会福祉の財源も奪われるということを含めて、そういう意味なのだ。

②国家資金収奪から医療福祉などの後退が起こる。例えば日本にある国民皆保険制度、最低医療保障制度などは瓦解させられるだろう。アメリカにはこういうものはないのだから。この問題でこそ、上記チョムスキーのこの表現を想起せざるを得ないのである。
市場原理主義のもたらす過酷な結果を和らげるために作られた制度を弱体化させるのみならず、こうした制度を支える同情と連帯の文化をもむしばもうとする努力なのである』

イラク戦争開戦などでもアメリカは国連を完全無視したが、この世界制覇が成功していけば、国連が実質アメリカの機関になるだろう。日本を筆頭とした米支配各国が、アメリカに従うからだ。今のベネズエラ問題で、メキシコ、キューバボリビアなどを除いた中南米諸国が「マドロ、死ね!」と叫んでいるように。ただし、国連安保理ベネズエラ問題米提案は、常に否決されてきた。親米の南米諸国も、流石に軍事介入には常に反対して来た。アメリカの世界制覇への道はこうして、軍事力使用をいとわないものとも証明済みである。


3 米「覇権」への現段階、抵抗勢力

①中ロ、特に中国が、これだ。だから、両国の対立は、単なる貿易衝突などというものではない。この「物作り超大国」がため込んだ(貿易)黒字は今や「米覇権への最大の、かつ、急成長中の壁」になっている。この黒字分が金融戦争にも合理的に投入され始めれば、「物作りプラス金融」王国が出来上がるからである。つまり、物作りを捨てたアメリカには勝ち目はないことになる。

②この中ロがまた、ユーラシア大陸を西進して西欧と結びつく政経両用の道までを探求、造成してきた。のみならず、EUの柱ドイツは、明らかに離米親中の動きを示している。こういう意味でも、米世界覇権にとって最大の敵が中国なのである。この物作り大国の急成長を止められなければ、アメリカが国連に替わるような世界制覇は、夢に終わるだろう。

③米世界覇権を目指す対中方策が、唯一存在する。この国が成長し切らないうちに元をお得意の金融戦争、通貨戦争に持ち込んで勝利することだ。そのためには何が何でも元を自由化させねばならないがはて? この元への通貨戦争こそ、現世界情勢の焦点になっていくはずである。

④ちなみに、最近誰かに?15兆円を奪われた日本が中国元と通貨スワップ協定を結ぶという、とんでもないことが起こった。安倍首相が、習近平と直接会談を実現してまで。この珍事はいったい、以上の世界史文脈ではどんな意味を持っているのか? とにかく現世界史最重要の出来事だろう。