随筆 「戦争立国」米、なぜ?  文科系

五月一四日朝、朝刊を読んでいる僕の目に、ちっぽけな見出しが二つ、飛び込んで来た。
『サウジの船舶など「破壊活動」の標的 UAE沖対イラン緊張高まる』
『イラン問題 英独仏と協議 米国務長官 核合意一部停止で』


 同じ一つのことを伝えた記事だ。イランがサウジなどに対して破壊活動を始めたとし、これについてポンペオ米国務長官が英独仏にこんな対応協議を申し入れたと。「イランが米軍を攻撃する兆候があるから、地対空誘導弾パトリオットなどの米軍部隊配備などを進める」。イランの破壊活動なるものが事実かどうかさえあやふやと読める記事の中で即「イランによる破壊工作」。対する米の戦争準備! 当然イラン政府もこんな談話を出した。
『イラン外務省のムサビ報道官は「心配で恐ろしい」と懸念を示し、「地域の安定を損なう悪意を持つ人たちによって計画された陰謀」に注意するよう周辺国に呼び掛けた』

 アメリカの戦争外交というなら、四月末までにも南米ベネズエラに戦火の兆しが巻き起こされた。マドゥロ政権に反発するグアイド国会議長が一月二三日街頭デモ中に「暫定大統領」に名乗りを上げ、米国とEU諸国がただちにこれを承認するという異常事態が発生した。その後米国政府は軍事介入を公言し、グアイドの公然たるクーデター失敗事件なども加わって、マドゥロ大統領退陣戦争という様相になっていた。世界の主要メディアはこうした事態を、「独裁」に対抗する「野党勢力」といった構図で大きく報道した。

「イランによる破壊活動」の方はその後一七日の新聞報道では一転怪しげなものになっていく。米報道を垂れ流しがちな日本マスコミとしてはなかなか貴重なこととて、その中日新聞記事を抜粋してみよう。見出しは『米への「脅威」強調 対イラン圧力 ボルトンタカ派ぶり突出』、『イラク戦争 重なる構図』。記事のさわり部分は、こうだ。
『トランプ政権は今、毎日のようにイランの脅威をあおっている。タイムズ紙によると、英国の軍高官が一四日、「イランからの危機が増している状況ではない」と述べると、中東を所管する米中央軍は「米国と同盟国は、イランの支援を受けた武装勢力の脅威を示す情報を入手している」と、躍起になって反論した』
『米国への脅威を理由に軍事介入も辞さずに圧力をかけ続ける姿勢は、イラクフセイン政権が「国内に大量破壊兵器を隠している」という誤った情報をもとに、二〇〇三年にイラク戦争を始めたブッシュ米政権と重なり合うという指摘も出ている』


 こんな風にアメリカが作り出しているイラン(戦争)情勢に対して、イランのザリフ外相が日本政府を五月中旬に訪問し、河野外相と会談した。河野はイランに注文めいたことを語ったようで、「悪いのは、イラン核国際合意から勝手に抜けたアメリカ。我々は最大限自制している。注文はあちらに言ってくれ」とザリフ氏は応じたようだ。後の記者会見でも「日本は(国連仲介で結ばれたイラン核合意からアメリカが勝手に抜け出したことについて、日本は)何ら行動を取っていない」と抗議を述べたと伝えられた。

 さて、イラク戦争も含めて、今時のこれら米戦争外交とは、一体どこから出てくるものなのか。今回の「米、イラン制裁」「イランの脅威」という戦争政策の指揮を執っているのは、悪名高い国家安全保障補佐官ボルトンブッシュ政権イラク戦争に突入した時のチェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官の下で、国務次官を務めたお人である。そしてその「対戦」相手が、イラクベネズエラ、イランと言えば世界原油埋蔵量それぞれ五、一、四位を誇る国々であり、かつ親米国ではないという共通性を持っている。さらにこの原油世界貿易には、これ自体以上にアメリカ現在の生命線が、もう一つ隠れている。

アメリカに決められた石油とガスを米ドルで売るという規則を無視する勇気があったがゆえに、少なくとも二人の国家指導者、イラクサダム・フセインムアマル・カダフィが暗殺された。二人とも米ドル以外の通貨で彼らの石油を売買し始めており、他の国々も同じようにすべきだと強く提唱していたのだ』
 文中カダフィとは「アラブの春」で殺されたリビアの元国家元首。因みに当時のリビアは、原油埋蔵量世界第九位の富を国民に還元して、アフリカ有数の生活水準の国だった。
炭化水素貿易のために、もはやワシントンが押しつける米ドル使用というきまりに敬意を払わない国々が益々多くなるにつれ、ドル需要は急速に減少するが、これは世界に対するアメリカ・ドル覇権に対する直接対決だ。何年も前に、ロシアと中国は炭化水素だけでなく全てのものを米ドルで貿易するのをやめている。インドとイランも同じことをし始めた。他の国々も続くだろう 。そして先駆者の一つベネズエラは世界最大の石油埋蔵国で、従って他の国のモデルになることは許されないのだ。トランプ政権と、そのウォール街のご主人は、ベネズエラがドルを放棄するのを阻止するのに必要なあらゆることことをするはずだ』
 この出典は、『マスコミに載らない海外記事』サイト。著者は、経済学者で地政学アナリストのピーター・ケーニッヒ。三〇年以上にわたり世界銀行で働いた方で、オンライン誌New Eastern Outlookの五月八日掲載記事。同誌の独占的書き手なのだそうだ。

 今のアメリカは、一般の物貿易は大赤字。だからトランプは保護貿易主義を強行した。この大赤字をある程度取り返してきたのが金融投資利益、兵器輸出、そして石油なのだが、石油貿易にはさらに特別な歴史的役割があったのである。ケーニッヒの文章の末尾から。
『オイル・ダラーを破棄したいと望むあらゆる国が危機にさらされているのだ。もちろんイランも。だがイランもベネズエラも、何年も前にドル体制の牙から自らを解放した二国、ロシアと中国の強い保護を得ている。しかも両国は、主に中国元とSCO(上海協力機構)加盟諸国に結びついた他通貨に基づく実行可能な東の通貨制度案によって明るい未来を提示しているのだ。ベネズエラーー Venceremos(ベンセレモス、我々は勝つ)!』


 さて、こんな国際情勢を見つめつつ我が国を振り返るとどうだろう。安倍首相は、爆笑問題太田光君との対談で、日本国憲法前文の「日本国民は……平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、(われらの安全と生存を保持しようと決意した)」を読み上げてこう非難して見せた。「他力本願ですよ。ベトナム戦争イラク戦争など戦争は現にいっぱい起こっているのに……」。ベトナムイラクはいずれもアメリカの戦争。よって、そのアメリカに寄り添ってきた彼が言う「戦争現実」は、自らも作り出して来たもの。日本の首相という世界有数の影響力を活用してこういう現実世界をもたらしているその人がそういう自覚も皆無のままに、この現実に合わせて九条を換えよと叫んでいるのである。